古くから「城下町」として、「隠れ里」として栄えてきた人吉。
当時の面影を遺す史跡をたどりながら
歴史の息吹や、遙か古の浪漫を感じてみませんか?

青井阿蘇神社

大同元年(806)、平安時代の初めに阿蘇神社の分霊を勧請して創建。中世人吉球磨地方の独自性の強い建築様式の中に、彫刻や彩色などは桃山期の華麗な装飾性を取り入れています。茅葺きの寺社仏閣として唯一国宝に指定され、熊本県に現存された文化財としては、初の国宝となる由緒ある神社です。

お問合せ先 : TEL.0966-22-2274
http://www.aoisan.jp/

永国寺

“幽霊寺”として有名な寺で、夜な夜な迷い出る女の人の霊を描いたとされる「幽霊の掛け軸」が残されています。その歴史は室町時代初期の応永15年(1408)と古く、境内には人吉・球磨地方で最も古い五重石塔(現在四重)が現存。明治10年の西南戦争では西郷隆盛が本陣として滞在したことでも知られています。

お問合せ先 : TEL.0966-22-2458

人吉城跡

別名「繊月城」と呼ばれていた人吉城は、相良家700年の居城。球磨川と胸川を外堀とした中世の山城の形態で、『武者返し』と呼ばれる『はねだし石垣』は全国的にも珍しいものであり、国指定史跡に指定されるほか、日本百名城にも選ばれています。春の桜、秋の紅葉と季節ごとの景色が美しく、敷地内の『人吉城歴史館』では楽しみながら歴史に触れることができます。

お問合せ先 :
人吉城跡
TEL. 0966-22-2111(人吉市教育委員会文化課)
人吉城歴史館
TEL.0966-22-2324

隠れ念仏

人吉・球磨地方は、鎌倉時代から明治初頭までの360余年にわたり、相良藩の政策により浄土真宗信仰が禁制されていました。その厳戒の中で農民たちの間に信仰は広まり、隠れて念仏を唱えた人々の姿が『隠れ念仏の里』として現在に伝わっています。写真の『花立(隠し石仏)』はその遺跡のひとつ。球磨川のほとりに、ひっそりと佇んでいます。

日本遺産 「人吉球磨のストーリー」

平成27年4月24日に、文化庁が認定する「日本遺産」に
人吉球磨地域10市町村の「人吉球磨のストーリー」が登録されました。

【日本遺産】とは…
平成27年度より文化庁が創設した、
地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを
「日本遺産(Japan Heritage)」として認定するものです。

認定された【人吉球磨のストーリー】とは…
人吉球磨地域は、相良氏が700年に渡って統治した地であり、
同じ領主が長い期間に亘って統治したとても珍しい地域です。
その700年の統治が現在の人吉球磨の地域に遺したものは、有形・無形にかかわらず日本の歴史そのものを語るために重要である文化財群です。しかも、その文化財群が、人吉球磨の現在の暮らしのなかに脈々と受け継がれ、この地域の日常の風景として溶け込んでいるのが特徴的です。司馬遼太郎はこの地を「日本でもっとも豊かな隠れ里」と記しています。

「人吉球磨 日本遺産」公式サイトはこちら